昨日山を降りると言った爺が、広場に呼んだ俺たち十人を、仲の良い者同士組ませた。
そのときから・・・。そのときから、もう、きっと。
俺たちの運命は決まっていたんだ。




1、協定を結ぶ。









「お前達は、数々の辛い修行を耐え抜いてきた・・。」


珍しく月斎が少年達を褒めた言葉に、皆それぞれ互いに刀を触る音が聞こえた。
チャキリ、と、金属と鞘の擦れ合う音に、自分達のこれからの使命に燃える心を、誇りを。
それらを、闘志に燃えるこの静かな音に写しているのを感じながら。



場所は、子供達と、月斎、皆の小屋が目の前にある広場。
本題に入ったらしい彼の声に、皆の表情は輝いて見えた。  こんなにも修行してきたんだ。皆それ相応の自信はある、と。
そう言いたげな表情を浮べる少年達の中に、あずみは一人、昔を思い出していた。

ここでいつも皆と刀を磨いたり、魚を焼いたり、そしてそれを食べたり。

皆の昔のその姿が見えるかの様に微笑むあずみに、なちも優しい視線を向ける。
それに気付いたあずみは、彼にも、優しい笑みを返した。












「仲の良い物同士、二人ずつの組みになれ」との月斎の声に、少年達は各々の思う相手の元へ走る。

次にあずみが見渡せば、他の皆はもうそれぞれ文句や笑い声と共に、爺に言われた通りの2人づつの組になっていた。
文句を言いつつも組んだひえいとながらは、仲良さ気にはしゃいでいるし、優しいあまぎとこもろの二人も、 明るくて煩いくらいの者同士のひゅうがとあわも、よく修行を一緒にしているうきはとゆらも、既に組んでいる。
もちろんあずみは、すぐ隣に居たなちと、最初に組んでいたわけだが。
自然と、組んだのが剣のスタイルが似ている同士になったのは、偶然的なことだったのだろうか。



「ついに・・・俺たちもこの山を降りるんだな・・。」


豆だらけになった手で、毎日磨いてる刀を右手に握り締めたあずみの声は、期待と、不安だけに満ちた震えた声だった。


「そうだな、あずみ。」


あずみの声に答えたなちも、ぎゅっと刀を握りしめる。
そんななちも、勿論他の子供たちもだったが、あずみと同じで、手のひらは豆だらけだった。



「俺さ、何ていうか・・・嬉しいけど、怖いんだ。」


そういって小さく彼女は俯いた。きつく閉じた唇にも、あずみが震えているのはすぐに分かる。
だが、瞳だけはまっすぐに月斎を見つめたまま、光を失わずにいた。


「怖い・・・?」


「・・うん、何ていうか、この山を離れるのが怖いのと、嬉しいのとがごちゃごちゃで・・。」


「そうか・・あずみもだったんだな。俺だって同じだよ。」


「なちも・・?」


意外だ・・・そう言いたげな顔で、あずみは、なちを見上げた。
あずみの目には、月斎を見つめたまま、他の少年達と同じ、誇りをもった強い笑みをした、なちが映る。


「そうだ。今まで、死に物狂いで修行してきた、俺たちの存在理由がやっと分かる訳だけど・・・
やっぱり、それを知るのが怖いんだよ。新しいことを知る時が、多分、一番怖いんだと思う」


「皆怖いのかな・・?」


「そりゃ、皆そうだろうさ。ほら、皆震えてるけど、誇りで満ちた笑顔をしてる」



あずみは一度俯き、そして、なちの方をゆっくりと振り返った。


「なぁ、なち。俺たちいつも一緒だよな?・・・一緒に使命を果たそうな・・・?」


その顔は、他の九人の仲間達と同じ、誇りにみちた強い笑顔に満ちていた。


「当然一緒さ。使命を終えた時もきっと、いや、絶対に俺たちは皆一緒に居る」





















「そこで、今からお前達に試練を与える。」

月斎の低い、年相応の深みのある声が響いた。
その時、あずみは、爺の声にいつもの温厚さが消えているのを感じた。
いや・・・あれは”消えた”というより、”隠した”に近い。何れにせよ、目に光が映っていない。
どうしたのだろう、爺は・・。







「斬りあえ。」






その言葉に、一瞬、あずみは耳を疑った。






今、爺は何て言った・・・?


俺達に、何て命令した?


待っ・・・




「仲の良いもの同士、殺しあえ!!」







ぴしゃりと放たれた言葉に誰もが言葉を失う。
騒がしかった広場は、風が流れる音でさえ聞こえるほど、今では、静まりかえっていた。






「・・・・・・始め!!」


爺が付け足していた言葉は、誰の耳にも届いていなかったが、 一言、最後に振り返らずに放たれた彼の言葉だけが、子供達全員の頭の中で、まるで木霊するかのように響き渡る。


爺は、今。
はっきりと俺たちに、”斬りあえ”と命令したのだ。


一方の少年達は、いまだにそれを信じられずに皆固まったまま、ただただそこに立ち尽くすだけだった。


勿論例外でなく、その中であずみも、なちと組んでしまったというこの状況から逃げ出したくて仕方なかった。














誰も、動かない。

誰も、話さない。

誰も、刀を抜こうとはしない。







緊張しきって痺れた腕をぎゅっと抱きしめ、一呼吸置く。
それでも怖くて、あずみは、すぐ側に居るなちを見ることが出来なかった。










それでも。







「うぁぁ・・・!!」






賽は投げられてしまった。












「うき・・・は・・・・・・」


切れ切れの、ゆらの声に、うきはの名。





苦しそうな短い悲鳴と、短い血飛沫と共に、ゆらが倒れ、地面へ伏せていくその影からは、 滴る血で鈍く光る刀を柄をきつく握りしめた、彼よりも少しだけ小柄な姿が現れる。


そのままうきはは、ぎこちない動きで刀を降ろすと、焦点の合わない瞳を目を皆に向け、 震えを押し殺した強い声で小さく・・・しかし、はっきりと告げた。





「爺の、命令だぞ・・・!」












分かっている。

そんなの、分かってた・・!


そう、自分たちの内の誰かが始めなければ、使命は一生始まらないし、終わりもしない。
それは誰もがよく分かっていた。
だからといって、仲間よりも使命を選ぶ勇気が、俺たちには無かった。




だけどもう、俺たちに、そんな甘えは許されないのだ。




最初に仲間を斬ったことで、うきははそう伝えたのだと、あずみにはすぐに分かった。
憎まれるのも、慈悲がないと思われるのも覚悟した上での、彼の行動。
その代償に、足早に小屋へ戻っていった彼の瞳は、既に光を映さなくなっていた。

そうして、恨まれ役を買って出たうきはが、俺たちに踏ん切りを与えてくれたのだった。



”やるしかねぇな・・・”という、誰とも付かない声が、ついに始めの合図となる。






「来い、ながらー!!」



響くひえいの声。一斉に皆が刀を抜く音が、少年達の声によって、かき消されていった。









違う・・・俺は、こんな形で使命を果たしたいんじゃないよ
俺はこんな形で仲間を失いたくなんかない・・・!



もう始まっている、真剣な命の奪い合い、護りあいに、口を挟めるわけがなく、 あずみには、心の中で叫ぶことしか出来なかった。

それでも、彼女の思いも空しく、あずみとなちのすぐ隣で、一人、また一人と、命が絶たれていく。

それも、仲間の手で。







すぐ隣で、ひゅうがが、悲しさに顔を歪ませながら、走り込んで来るあわを交わして懐に刀をつきさそうとしている。

悔しさを必死に隠したあまぎが、最後に優しい笑顔を見せたこもろに対し、余計に辛そうな顔で、とどめを。

そしてながらが、倒れるひえいを、自分も地面に這い蹲ったまま、今にも泣きだしそうな顔で見つめていた。








強い視線を感じて、ゆっくりとあずみは、ついになちを振り返った。





悲しげな目があずみを見つめる。

そうだ、組んだ俺たちは、まだ斬りあっていない。





「なち・・・」




嫌だ・・・。嫌だよ、なち。
俺たちは本当に・・・斬りあわなければいけないのか・・・?




既に、周りの少年たちの勝負はついたようだった。

生き残った彼らに外傷はなくとも、それぞれココロには、大きな深い傷を残して。




「あずみ・・・俺は、使命を全うしたい」



なちの、優しい声が、どんどんと強く、変わっていく。






「勝負・・・!」




























































































なちの勾玉を握り締め、誰も居なくなった墓の前で、あずみは一筋の涙を流した。



「もうすぐここを出るよ、なち・・・」


「なぁ、俺たち、使命を終えてもずっと一緒じゃなかったのか・・?」



簡易に土を盛り、彼らの愛用だった刀を刺しただけの、5つの墓。
つい、さっきまで楽しく話していた5人の仲間達の亡骸が、今はそこに眠っている。

誰よりも早く出発の準備を終えたあずみは、無言で勾玉の彼の墓へ駆け寄り、正面に座り込むと、 そこに無造作に刺された、なちの刀に向かい、たった一人で話しかけていた。


勿論、答えは返ってくるはずが無い。


それは分かっているつもりだったが、今は時間が欲しかったのだ。
それでも、もしかしたら、と語りかけた自身の声に、彼らが二度と語り返してくれないのには、 もう受け入れていたつもりだった、”仲間が居なくなった”という情け容赦の無い現実を、再度改めて突きつけられたみたいで、 あずみは、見えない手に頬を引っ叩かれた気持ちだった。



「俺たちは、ずっと一緒だって、なちが・・なちが、言ったんだろ・・・?」





ついに膝を抱えて、あずみは声を殺して泣き出した。








「あずみ、お前一人で泣くなよ、なちが悲しむだろ・・・」



ふ、と、あずみの後ろから、彼女と同じ、涙声がした。



「ながら・・・。それに、皆も。どうし・・・」


「ほら、あずみ」


腫らした目を隠そうともせずに、言葉を遮った本人を見つめていたあずみとは逆に、ながらは目を合わさずに、 墓の側に放り出されていた、彼女の荷物を拾い上げ、そのまま、あずみに手渡す。 そして、そのまま、ながら、ひゅうが、うきは、あまぎは、あずみの側にゆっくりと腰を下ろした。
良く見れば、4人とも身支度が整ったらしく、軽装ながらも、各々の荷物を下げている。
もう出発するのか・・と、あずみが荷物を握り締めれば、「まだ出発じゃないから大丈夫」と、ひゅうがが呟いた。






「なぁ、あずみ。俺たちは、あいつらの命と引き換えに。使命を果たす為に生き残ったんだろ・・?
それなのに、俺達が何も果たさずにいたら、あいつら・・・浮かばれねぇんじゃ、って思う・・」


あずみの肩を優しく叩き、ひゅうがは顔を伏せ、必死に涙を堪えていた。




「俺だってそう思うな。情けないけど・・俺、こもろの笑顔見て、凄く悲しくなったよ・・。
こもろは俺に、命と使命を託してくれたのに・・ね。」


あまぎは向こうの空を仰ぎながら、ぽつりぽつりと、搾り出すような声で呟く。




「俺達は、使命を果たさなければいけない・・。
でもその前に、ゆらを・・いや、仲間達を斬ったことを忘れてはいけないんだ・・・絶対に。」


暗い瞳に、初めて見る、いっぱいの涙をためて、うきはが言った。




「俺達が悲しんじゃいけないなんてこと、あるわけねぇだろ・・・」




「・・・・・・」



ながらの、訴えるような、涙交じりの声に、あずみはまた一筋涙を流す。



「だから、声。今だけは殺すなよ」



「ぅ・・ぅぅっ・・・・・ぅわぁぁ!!!」



殺していた声をせき止めるものを全て取り払って、あずみが、皆が、大声で涙を流した。






















































月斎が放った火が広がり、やがて小屋が炎に包まれ、 霞んでいくのを彼らが見届けるのは、それから数分もしない、本当にすぐ後だった。

燃え盛る炎に目を射られた所為か、それとも、五人の仲間の墓を去らなければならないからか、 何れにせよ、それを必死に涙を堪えようとして、何度か瞬きを繰り返すあずみが、 そして唇をきつく結んだ、ながら、ひゅうが、うきは、あまぎが、そこにいた。



燃える仲間達との、楽しかった思い出に背を向け、爺が歩き出す。




「あずみ」



「なちの代わりに・・・」



「俺達が約束するよ」



「俺達は、使命を果たすのも、果たした時も、ずっと一緒だ」









俺達が結んだ約束は、五人だけで結んだものじゃない。
その声の後ろには、もう五つの声が、重なっていた。